ゆるくて、スローで、マイペースな生活をつづる日記


by hitofumi11
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カテゴリ:持続可能性について( 2 )

②何の持続可能性?

第2の疑問。ではいったい何を持続しなければいけないのだろう。

個人で考えるとやっぱりお金かな。それを手に入れるにはやっぱり仕事がないと大変だし、そう考えると経済の持続性が一番大事に思える。

でも、例えばお金があっても食べ物がなければ生きていけないし、電気もいるし、それを作るためには化石燃料が必要だ。そういうものは普段ただ生活していれば一生お金をはらってもらい続けられるものだと思っていたら、実はあんまり使いすぎるとまずいことがわかった。この辺はいろいろな科学とか研究が進んだんだね。だからあまり使いすぎるとまずい。

だからできるだけ使わないようにしなきゃいけないのに、なぜか人口がどんどん増えているらしい。日本は減少に向かうので実感がわかないけど。人口が増えれば当然、食料もエネルギーもいっぱい使う。さらに個々の経済レベルがどんどん高くなっているので、みんなお金がいっぱいあればいっぱいおいしいもの食べて、いっぱい車にのるみたいだ。

環境も悪くなってる。前より気候がおかしくなってる。地震とか水害とか災害も頻発している。生活が不安定になってる。ちょっとしたらすごく大きな地震がおきてみんなたくさん死んでしまうのではないかとビクビクしている。

環境は、人間が頑張って持続しようと思ってもできないものもあると思う。またおそらく自然変動というものもある。だけど身近な生活環境は頑張れば保持できるかもしれない。

僕は極論をいうと、世の中は常に変化していて何一つ本当に持続するものはないと思っている。有限の資源は使えば減るし、人間の行動力は、常に変化を求めている。文化的に持続、継続、過去の遺産を残そうと頑張っているまちであっても変化はしているのだ。

僕が生まれて30年。その間にも世の中は大きく変化した。僕の結論は、「持続可能性」という議論をやっていながら、実は何一つ持続はしない。常に変化するのだ。「持続可能性」」という定義は変化を否定するものではなく、ただ私たち人間のライフが持続すればいいというそういう議論だと思う。いくら他の生物が死滅しても、生態系が破滅しても、人間は死なない。歴史的に考えればそれほど長い時間ではないが、人間という種は図太く生き残るかもしれない。そういう意味では少子化は持続可能性にとって大きな問題だ。

昔、考えたこと。人間という種は、そもそも子供を産むことに対して理性が働き始めたところですでに滅びに向かっているのかもしれない。そして僕もそういう一人であるのだ。
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by hitofumi11 | 2005-11-13 23:51 | 持続可能性について
環境問題に取り組んできていて(もしくは環境なんていう枠ではなく、既にそこを飛び越えているのかも)、誰しもが気になっている、世界で広く議論がされている「持続可能性」という言葉。このテーマについて、なんとなく会社の行き帰りや、公園で佇んでいるときに考えていることをつらつらと思うままに書く。

最初の疑問、「誰のための持続可能性?」。普通に考えれば、地球市民、人間だろうということになる。非持続的になったらどうなるのか?人間が滅びるということになるのだろう。人間でもいろいろだしどういう状態になった時を持続可能性というのかにもよるけど。

じゃあこれが人間じゃなかったらどうなるのか?例えば、他の生物も含めたすべての地球上の生き物ということにする。これはすでに非持続的なことがはっきりしている。かなりの数の生物種が毎日絶滅していっている。そもそも地球上に何万種くらいいるのかとか自体が人間が調べたデータであるのだから、それを疑えばそうではないのかも知れないのだけれど。一方で新たな生物が生まれたりもしているのだろうか。これを持続的にするのなんて既に絶望的だよね、というか人間の力では無理。持続可能性の定義にもよるけど、「非持続的」というより「変化」ととらえた方がいいのかも。人間も変化の波に乗れば、いつかは絶滅するかもしれないが、それもいいか悪いかといえば、悪くはない。

そしてもう一つ、地球そのものの持続可能性とするとどうだろう?惑星の寿命ってどのくらいなんだろう。簡単に消滅したりはしないよね。まあこれも人間がどうしたからってどうにもならない。地球が爆発するときは皆死ぬときだ。そんなスケールで議論を始めたらもう話しも収拾がつかなくなってしまう。

僕の結論。というか今の段階での解釈。「持続可能性」という言葉も人間が考えたもの。他の生物も「勝手に何かいってる奴らがいるなあ」という感じだろう。主体は人間。それは変わらない。ただ、死にかけで生きていても意味がないから、それなりに生きていることを「楽しめる」レベルである必要がある、というのが最近の議論。この点については次回以降でもう少し議論を進める。
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by hitofumi11 | 2005-10-22 12:29 | 持続可能性について