ゆるくて、スローで、マイペースな生活をつづる日記


by hitofumi11
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2005年 11月 13日 ( 2 )

②何の持続可能性?

第2の疑問。ではいったい何を持続しなければいけないのだろう。

個人で考えるとやっぱりお金かな。それを手に入れるにはやっぱり仕事がないと大変だし、そう考えると経済の持続性が一番大事に思える。

でも、例えばお金があっても食べ物がなければ生きていけないし、電気もいるし、それを作るためには化石燃料が必要だ。そういうものは普段ただ生活していれば一生お金をはらってもらい続けられるものだと思っていたら、実はあんまり使いすぎるとまずいことがわかった。この辺はいろいろな科学とか研究が進んだんだね。だからあまり使いすぎるとまずい。

だからできるだけ使わないようにしなきゃいけないのに、なぜか人口がどんどん増えているらしい。日本は減少に向かうので実感がわかないけど。人口が増えれば当然、食料もエネルギーもいっぱい使う。さらに個々の経済レベルがどんどん高くなっているので、みんなお金がいっぱいあればいっぱいおいしいもの食べて、いっぱい車にのるみたいだ。

環境も悪くなってる。前より気候がおかしくなってる。地震とか水害とか災害も頻発している。生活が不安定になってる。ちょっとしたらすごく大きな地震がおきてみんなたくさん死んでしまうのではないかとビクビクしている。

環境は、人間が頑張って持続しようと思ってもできないものもあると思う。またおそらく自然変動というものもある。だけど身近な生活環境は頑張れば保持できるかもしれない。

僕は極論をいうと、世の中は常に変化していて何一つ本当に持続するものはないと思っている。有限の資源は使えば減るし、人間の行動力は、常に変化を求めている。文化的に持続、継続、過去の遺産を残そうと頑張っているまちであっても変化はしているのだ。

僕が生まれて30年。その間にも世の中は大きく変化した。僕の結論は、「持続可能性」という議論をやっていながら、実は何一つ持続はしない。常に変化するのだ。「持続可能性」」という定義は変化を否定するものではなく、ただ私たち人間のライフが持続すればいいというそういう議論だと思う。いくら他の生物が死滅しても、生態系が破滅しても、人間は死なない。歴史的に考えればそれほど長い時間ではないが、人間という種は図太く生き残るかもしれない。そういう意味では少子化は持続可能性にとって大きな問題だ。

昔、考えたこと。人間という種は、そもそも子供を産むことに対して理性が働き始めたところですでに滅びに向かっているのかもしれない。そして僕もそういう一人であるのだ。
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by hitofumi11 | 2005-11-13 23:51 | 持続可能性について
神戸の3日目。

R&Bホテルの朝のおいしいパンにも、駅前のインターネットカフェにもちょっと飽きてきた。
昨晩、駅前のたこ焼き屋の横のきゃぺつ焼を食べたがそっちの方がたこ焼きよりおいしかった。

今日はまちあるきの同行。若い高校生が多い。
いろいろまわってきてからまちあるきの成果をグループごとに新聞にまとめるという企画。
いろいろなグループを見ていておもしろいなあと思ったのは、積極的にああしようこうしようと発言している人、だまっているがただ黙々と何かを書いている人、そもそも全く最初から参加する気がない人、いろいろである。私が高校のころは、全くの無関心不参加型だった。非常に共感できる。いろいろな発想が内からあふれ出て次から次と広がって言っているのをみると、その時代の若さを感じる。

そのあとの発表で、さっきまで黙っていた1人が大人顔負けの雄弁を披露し、驚いた。私のような田舎のしかも没個性的な学校にいっていたものには考えられなかった。ああいう能力の突出した子供は大人になるとどうなっていくのだろう。

さて、帰りの新幹線。昨日余ったビールを無理矢理持たされて、あまりにのどが渇いていたので非常にぬるいのをわかっていながら飲んだが意外とうまかった。のどが渇いていたのと、普段あまりビールを飲まないせいか、おいしさが身にしみた。人の幸せってほんとちょっとしたところにあると思う。それは全く物質的な豊かさではないと思う。
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by hitofumi11 | 2005-11-13 23:51